『蜜蜂と遠雷』 恩田陸 (幻冬舎)
“音楽を連れ出す”
もともとこの世界には音楽が溢れていること。必要としている誰かのために「才能」というものが与えられているのかもしれないこと。―この魅力的な音楽小説を通して感じた主旋律です。
小さい頃からプロとして活躍していて姿を消していた栄伝亜夜、養蜂家の父について回る生活をしながらも規格外の才能をもつ風間塵、幼い頃に亜夜と出会い、音楽の才能に目覚めた全てを兼ね備えるマサル、楽器店に勤務しながらもコンクールに挑戦する最年長の高島明石。経歴も個性も豊かな4人のコンテスタントの挑戦を描きながら、音楽の神髄に迫る作品です。
第一次予選から本選までの4人のプログラムがあらかじめ提示されていて、作者の音楽への愛情と綿密な取材のあとがうかがえます。実在の曲を楽しみながら本編の作品を読み進める楽しみもあります。
ピアニストの世界は格式が高くて、ひとにぎりの才能しか生き残れない、というイメージですが、この作品のテーマは、私たちの身近に存在する音の世界に「閉じ込められた音楽を連れ出す」こと―これは亡き師匠から風間塵が受け取った宿題でもあります。それを体現するかのような風間塵の独自の型破りな、才能あふれる演奏は、他の才能を大いに刺激して、彼らの才能を花開かせます。
一流のアスリートや芸術家同士の間で共有される言葉にできないような共感、理解、幸福の時間を、私たちも少しだけ体験できる美しい時間でした。
鳥の声、風の音、雨の音、人のざわめき・・・耳をすませてみれば、たしかに音楽は私たちみんなのものであると、そしてたくさんの名曲たちもこの音の世界から生まれたみんなの財産なのだと感じることができました。