『夢みる帝国図書館』 中島京子 (文藝春秋)

 

 異世界を見せてくれる物語

 

 「上野の図書館のことを書いてみないか」

 上野公園で出会ったちょっと奇妙な身なりの女性・喜和子さんに声をかけられた小説家の“わたし”。上野の図書館の近くの狭い長屋に住むその女性は、戦後すぐの上野の様子や図書館の面白い歴史をたくさん知っていた。

 前半はこの2人の交流が細々と続いていくが、彼女が亡くなった後に周囲の人々がたぐりよせていく彼女の本当の姿がとても魅力的だった。ひとりの人が生き抜くことにはこんなにドラマがあって、その断片だけを私たちはお互いに見せ合っているだけなのだと改めて思い知らされた。ひとりの人を深く知ることは大変だけれどとても愛おしいことだと思う。喜和子さんの周りの人々は不思議な存在だった喜和子さんのことを知ろうとし、とても大切に想っていることが伝わってきて心が温かくなった。

 この本の構成も面白い。喜和子さんのリクエスト『夢みる帝国図書館』という図書館の歴史を面白く語った本が、本編の中に小編ずつはさみこまれて出てくる。

 この小編には図書館の金欠の歴史や名だたる文学者たちが通ってきた様子(その中の樋口一葉に図書館が(!)恋をする)、戦中にあった上野動物園の悲劇(動物たちの視点で書かれている)、日本国憲法草案に男女平等を盛り込もうと奮闘する外国人女性の話など、それだけでも面白いようなエピソードがたくさん詰まっている。小さな「きわこ」さんも登場する。

 今まで味わったことのない読後感と満足感を感じた作品だった。