リーフの旅

2020年02月

Iの悲劇』 米澤穂信 (文藝春秋)

 

 “テセウスの船”

 

 第一章の冒頭から「全ての部品が交換されたとき、それは元の船と同じものだと言えるだろうか」という“テセウスの船”が提示され、現在ドラマ放送中のあの作品が脳裏をよぎった。少し哲学的な物語なのかといえばそうではなく、だが読み終わった後にこの言葉が胸に迫ってくる。

 ミステリーは苦手な私が読めるミステリー作品をいつも提供してくださる作家さんで今回も楽しみにしていたが、米澤作品の中で今作がいちばん好きかもしれない。いつもは学園が舞台、高校生が主人公だが、今回は市の職員さんが主役。

 人がいなくなってしまった村をIターン支援プロジェクト(移住者を募って移住をサポートする)によって復活させる「甦り課」の3人の職員たちが、移住者たちの起こす隣人トラブルを解決していく。

 “公務員だから”が口癖の万願寺さん、その後輩でのんびりやだけどどこか鋭い観山さん、隙あらば仕事をさぼろうとする西野課長。3人のキャラクターが絶妙にマッチしていて、後のどんでん返しを効果的にしている。

 次から次へと起こるトラブルに距離を保ちつつも、何かできることはないかと奮闘する万願寺さんを応援したくなる。

 序章と終章が「そうきたか!」と思わせる秀逸な組み立て。(ミステリーのこと、あまりわかりませんが)

 ありそうでなさそうな物語の設定につい夢中になり、最後はなにか地方行政の問題点を考えさせられるようなシリアスさもあり、まとまっているのに多彩な作品だった。

 

『はなとゆめ』 冲方丁 (角川書店)

 

 美しい主従関係

 

 清少納言と中宮定子の美しい関係から生まれた枕草子を一度しっかり読んでみたいと思わせる小説でした。

 平安時代の二大女流作家、清少納言と紫式部。華やかな内裏を彩った才女、というイメージしか持っていませんでしたが、清少納言の生き方を通して、世のはかなさ、美しさを文章に託し、力強く生き抜いた一人の女性の姿を感じることができました。

 容姿の美しさ、教養、「聖賢の王」を感じる聡明さを兼ね備えた二十歳そこそこの若き中宮を主として、清少納言の宮中での生活が始まります。引っ込み思案で日が落ちてからしか参内できないような、少し年齢の高い女房であった清少納言の才能を見抜き、表舞台へひっぱり出してくれたのは心から敬愛する主、中宮定子でした。

 定子は一族の想いを一身に背負って一条帝の寵愛を受けることに身を捧げ、権力争いの中を気高く生き抜きました。その心の支えとなり、一緒に闘ってきたのが清少納言であり、あのほのぼのとして、面白く自由に日常を切り取った枕草子の文章は、中宮定子の心を慰めるために書かれたものだったようです。

 「愛しさを通してなら、憎らしさも嫌なことも全て面白いものに変えてしまえる」―中宮定子に与えられた紙の束に『枕』を書き綴ることで、清少納言は清少納言になれたのです。

 いつの時代も争いや悩みごとは尽きませんが、生きる力を与えてくれるのは人が人を想う力であったり、それを表現することであったりするのだなあとつくづく思いました。

 

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