『Iの悲劇』 米澤穂信 (文藝春秋)
“テセウスの船”
第一章の冒頭から「全ての部品が交換されたとき、それは元の船と同じものだと言えるだろうか」という“テセウスの船”が提示され、現在ドラマ放送中のあの作品が脳裏をよぎった。少し哲学的な物語なのかといえばそうではなく、だが読み終わった後にこの言葉が胸に迫ってくる。
ミステリーは苦手な私が読めるミステリー作品をいつも提供してくださる作家さんで今回も楽しみにしていたが、米澤作品の中で今作がいちばん好きかもしれない。いつもは学園が舞台、高校生が主人公だが、今回は市の職員さんが主役。
人がいなくなってしまった村をIターン支援プロジェクト(移住者を募って移住をサポートする)によって復活させる「甦り課」の3人の職員たちが、移住者たちの起こす隣人トラブルを解決していく。
“公務員だから”が口癖の万願寺さん、その後輩でのんびりやだけどどこか鋭い観山さん、隙あらば仕事をさぼろうとする西野課長。3人のキャラクターが絶妙にマッチしていて、後のどんでん返しを効果的にしている。
次から次へと起こるトラブルに距離を保ちつつも、何かできることはないかと奮闘する万願寺さんを応援したくなる。
序章と終章が「そうきたか!」と思わせる秀逸な組み立て。(ミステリーのこと、あまりわかりませんが)
ありそうでなさそうな物語の設定につい夢中になり、最後はなにか地方行政の問題点を考えさせられるようなシリアスさもあり、まとまっているのに多彩な作品だった。